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水の都 東京の歴史・文化

舟運の歴史・文化

東京が江戸時代から「水の都」として栄えてきたことをご存知ですか。
江戸時代、徳川家康が整備した水路は、物資や人を運んだだけでなく、舟遊びの文化も生み出しました。
今も水辺エリアには、東京ならではの魅力があります。

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日本橋 雪之曙 渓斎英泉

知られざる東京の魅力

東京は「水の都」です。というと驚かれる方も多いかも知れません。事実、「今」の東京は近代的なビルと道路網が整備された「陸の都」のイメージですが、400年以上前の東京(かつての江戸)は海に向かって葦が生い茂る湿地帯が広がる場所でした。これを埋め立てながら、同時に物資や人を運ぶための水路網を縦横に整備し、大都市を造りはじめたのが徳川家康です。

東洋の水の都・江戸

湿地帯を埋め立てて造られた都市といえば、ヴェネチアが世界的に有名ですが、東京もまた、同じような歴史を持つ「水の都」なのです。今から150余年前、幕末から明治にかけて江戸・東京を訪れた外国人の中には、当時の様子を西欧のヴェネチアに例えつつ、驚きと感動を込めて、日記や旅行記などに「江戸は東洋の水の都」と記しています。

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浮世絵 東海道五十三次 日本橋 安藤広重

水路を中心に栄えた江戸の町

江戸の町は、日本全国から海路で多くの物資がもたらされ、張り巡らされた水路網により、内陸奥深くまで運ばれました。もたらされた物資は、河岸(かし)と呼ばれる場所つくられた桟橋から荷揚げされ、その場所には、荷を保管する倉庫(蔵)、問屋、市場が作られ、多くの人々が忙しく働いていました。そしてその周りには、ここで働く人々のための商店や飲食店などが立ち並ぶようになり、江戸は、水路を中心に10万人を超える人々が働き、暮らす賑やかで活気溢れる町となっていきました。

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経済と文化の中心として賑わいを見せた 日本橋

屋形船や夕涼みなど舟遊びの文化も誕生

江戸の人々は水辺に多くの楽しみを見出しました。船に乗って浅草寺などの神社仏閣に出かけたり、屋形船を出し、船の上で三味線を奏で、歌を歌い、料理やお酒を楽しみました。また、暑い夏には、浴衣を着て川岸をそぞろ歩きながら涼んだり、川の上に打ちあがる花火を楽しみました。

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水面に映る花火も楽しめる 隅田川花火

水上から江戸の情緒と東京の今を発見

今も、東京の川や運河には、多くの人々を乗せた船が行き交っています。船に乗り、川風に吹かれていると、川岸を行き交う人々のざわめきや、船を操る人々の威勢のよい掛け声など、かつての江戸の賑わいや風情を感じることができるかもしれません。また、近代的でモダンなビルが立ち並ぶ「今」の東京を水の上から見れば、東京の別の顔を見ることができ、その美しさに感動を覚えることでしょう。
是非、「水の都・東京」を体験してみてください。

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現代でも船が行き交う隅田川

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水上から眺める、江戸時代の代表的な大名庭園 浜離宮恩賜庭園

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